片品・ 五十嵐さん一家 素朴でも 豊かな生活 家計も背負う 「1馬力」

山小屋への荷物を背負い 尾瀬の木道を歩く五十嵐さん

国立公園化10年となる尾瀬。福島県出身の五十嵐寛明(41)=片品村鎌田=は、山小屋に生活物資を運ぶ「歩荷( ぼっか )」を続けている。縁がつながり移住した片品で、家族4人と愛犬が元気に暮らす。

午前7時すぎ、ひんやりとした空気に包まれた片品村の尾瀬国立公園の鳩待峠に、6人の男たちが集まってきた。手際よくワンボックス車から段ボール箱を下ろし、自分の背負子(しょいこ)にロープでくくりつけ始めた。

尾瀬の歩荷は4月下旬から11月初めまで、群馬、新潟、福島の3県に点在する山小屋10軒に荷物を届けている。距離は3.3~12キロで、重さ70~120キロを担いで歩く。

「バランスが大事。積み方で一日の疲れが全然違う。この作業が一番頭を使う」。寛明は、黙々と積み荷の配置を決めていく。この日は、野菜や果物、冷凍食品など計75キロの荷物を8キロ先の竜宮小屋に運ぶ。午前8時すぎ、3時間半後の到着を目指して出発した。

この仕事を始めて20年。最初の1、2年は滑って転んだり、足の甲を疲労骨折したり、腕が上がらなくなることもあった。経験から学び、けがも転倒もしなくなったが、体力と神経を使う仕事であることには変わりなく、継続するのは容易ではない。

それでも「やめようと思ったことは一度もない。届けた時の達成感、毎日変化する尾瀬の自然、山小屋の人々との交流と、全てをひっくるめて魅力がある」とまっすぐな目で語る。

シーズン中は週6日働くが、休みの日は県内外の山で歩荷をすることもある。半年間の月収平均は30万円。長男の睦泰(ともやす)(7)が生まれてからしばらくは妻、のぞみ(34)が野菜農家で働いて家計を助けたが、「1馬力」になってからは村内スキー場と川場村の酒蔵の仕事で、オフの生活を支える。

食べきれないほどの野菜や、シカの肉をもらうなど片品の人々の温かさがうれしい。「年収500~600万あっても生活がきついと聞くと都会は大変だなと思う。素朴でいいならここで十分豊かに暮らせる」とのぞみは笑う。

歩荷は保障もなく、けが、病気であす働けなくなる不安がつきまとう。だが、寛明は「何があるか分からないが、無事に届けることだけを考えて一日一日を過ごしている」と前向きだ。家族を守るため、きょうも尾瀬を歩く。

11カ月になる次男の嵩倫(たかみち)が先月、ハイハイとつかまり立ちを始めた。

(敬称略)