安中市

世界遺産、富岡製糸場の器械製糸と養蚕農家に連綿と伝わる座繰り製糸は、高品質の生糸を大量に生産し、日本の近代化をけん引した。国産生糸の約7割を生産する碓氷製糸は、最高品質の生糸生産技術を守り、生糸を原料とする絹製品も販売。国内絹産業の要として、蚕糸業と絹文化を次代につなぐため、地道な取り組みを続けている。

絹産業を次代へつなぐ
従業員は染めむらなどの原因になる節を切り、素早く結び直す。その手さばきは優雅な熟練の技=碓氷製糸の繰糸場

絹製品

工場併設の販売所では、碓氷製糸の生糸を原材料にした絹製品を販売している=写真。安心・安全な国産生糸を100%使用した浴用タオルは記念品や贈答品としても人気が高い。石鹸せっけんやローション、絹あめにはシルクパウダーを配合。石鹸は汚れを落とし、保湿成分で滑らかに洗えるため、ローションとともにリピーターが多い。富岡製糸場や高崎駅の群馬いろは、おぎのや、JA碓氷安中、東京のぐんまちゃん家やジャパンシルクセンター、日本絹の里など実店舗と楽天などのITショップで販売している。

工場見学

一束250グラムほどに乾燥させた「かせ」は2回半ひねって仕上げられる

工場見学は稼働日の午前と午後で各1組を受け付けている。料金は1組5000円。県内の小・中・高校、特別支援学校は無料。申し込みは同社(027・393・1101)へ。

地道に需要 掘り起こす

碓氷製糸 高木賢社長に聞く

繭・生糸の生産量が漸減する中、昨年も全国トップの位置は不動です。株式会社化後、安い外国産への対抗手段として、最高規格「6A」生糸の生産を強化。良質の繭からゆっくりと丁寧に糸を引き、むらや節のない「最良の糸」を作ることでブランド化を進め、収益アップを図っています。また、顧客の詳細な要望に耳を傾け、きめ細やかに応える多品種少量生産に注力して再注文につなげています。

製糸の工程を知る工場見学や良質な糸を素材にした絹製品を販売して消費者への魅力のPRにも尽力しています。富岡製糸場と絹産業遺産群の世界遺産登録を契機に養蚕業への関心も高まっています。今後も地道に需要を掘り起こし、一気通貫の絹産業と文化を次代に伝えていきたいと思います。

製糸業の歩み伝える

旧碓氷社本社事務所

国道18号の原市交差点の南側奥に県指定重要文化財の旧碓氷社本社事務所=写真=がある。碓氷社は旧碓氷郡の103戸の養蚕農家が結集し、県内初の組合製糸として1878年に発足した。器械製糸工場と異なり、加盟農家が養蚕から座繰り器による製糸まで、自宅で行う方式を採用。最盛期には10都県1万8千戸まで拡大した。事務所は繁栄のシンボルとして1905年に建てられた。

養蚕業支えた手動製麺機

手前から順に日本、富士山、ハート形を脚部にデザインした珍しい製麺機(未来塾所蔵)

昨夏、「製麺機と養蚕」展が安中市ふるさと学習館で開かれ、大きな反響を呼んだ。

手動製麺機は、明治中期に木綿の糸繰り機をヒントに佐賀で発明された。養蚕農家を中心に普及し、戦後、一般家庭にも広がったが、昭和後期には使われなくなった。普及率は長野13%、埼玉8%と比べて特に養蚕の盛んだった群馬は52%と圧倒的。同館学芸員、阿部里美さんは「座繰り器と同じように歯車を組み合わせた手動製麺機は、手軽にうどんが作れた。小麦栽培が盛んな群馬では、忙しい養蚕農家が食事作りに重宝した。うどん作りは、子どもの夕方のお手伝いの定番で、嫁入り道具の一つでもあった」と解説する。群馬の養蚕業の土台を支えた製麺機は同館で展示されている。

親身な優しさに 感謝

蚕絲館主宰 東宣江さん(44)

京都の美大で染織を学んでいた時、光沢や手触りの違う古い着物と出会った。違いの素となる「糸」を探し求め、群馬の「座繰り製糸」にたどり着いた。「座繰り器を手回しして糸を作る技術や養蚕の風習が、おとぎ話のように生業として息づく群馬に根を下ろしたい」と直感で移住を決め、25歳で未知の世界に飛び込んだ。

県の座繰り糸技術者養成講習会を受講後、碓氷製糸農業協同組合で2年間働き、器械製糸の技術を学びながら、座繰りの技法を磨いた。15年前に独立して座繰り工房「蚕絲館」を主宰。養蚕から糸作りまで夫婦で行い、生糸を販売する。

「移住前から県や安中市など、糸に関わる多くの方々が何くれとなく面倒見続けてくださった親身な優しさのおかげです」と感謝する。今も蚕上げの手伝いに駆け付けたり、除草剤の散布をずらしたり―と、絹の国、群馬ならではの思いやりを感じている。「糸を購入する染織作家の多い東京にも近く、故郷の和歌山とは趣の違う冬景色も好きです。これからも座繰り技術を守り続け、伝えていきたい」とほほ笑む。

助け合い、 安心して暮らせるまちに

安中市長
茂木 英子

安中市では古くから養蚕業が盛んに行われてきた歴史があり、現在でも日本で唯一、一年を通して稼働する碓氷製糸株式会社があります。最近は、木製の糸車を使い、手回しで糸を紡ぐ「座繰り」という伝統の製糸技術を受け継ぎたいと本市に移住する若い人もいます。

本市は、そうした若い世代が安心して生活できるように、移住定住対策をはじめ、多世代型交流拠点の整備、こども食堂などの創設支援、さらには婚活や結婚後の新生活などを応援しています。

これらのさまざまな施策を通じて、人と人をつなぎ、いざという時もお互いが助け合える関係を育むことで「安心して生活できるまち安中」を市民のみなさんと一緒につくっていきたいと考えています。