高崎市

江戸時代より商都として繁栄し、最近はスポーツ・文化都市としての評価の高い高崎市だが、実は福祉都市としても異彩を放っている。在宅介護や子育て世帯の「今、助けて」に電話1本で応える「SOSサービス」、理由を聞かずに子供を預かる託児所など、国の福祉政策では手当てできていない人に寄り添い、数々の独自の政策でニーズに応えている。富岡賢治市長が本気で目指す。「日本一の福祉都市に」-。

見逃さない!聞き漏らさない! 介護・子育てのSOS

子育て

「今、助けて」に応える

「つわりがひどい」「上の子に手をかける余裕がない」「うまく子育てできない」―。頑張るお母さんが時に発する SOSに高崎市は耳を澄ませ、「今、助けて」に応える。

妊娠中や未就学の子供のいる家庭に、電話1本で子育て経験のあるヘルパーを派遣し、育児や家事を支援する「子育てSOSサービス」。近くに頼れる人がいなくても、安心して子育てができるように2019年4月、市社会福祉協議会に業務委託してスタートした。

1時間250円。事前登録の必要なし。利用者が在宅していることが条件だが、初年度で2500件もの利用があった。本年度はコロナの影響で里帰り出産ができなかったり、実家の親に来てもらうことができない人の利用が目立ち、1月末までで2148件ほどに達している。

利用者の中には、産後うつで何をしていいか分からなくなっていたり、子供に危害を与えそうになるなど深刻なケースもあるという。

「不安な気持ちをヘルパーさんに伝えられたことで落ち着けた、という人が多い」と、事業担当係長の小池由紀子さん。「話をするだけでもいいので、追い込まれる前に電話を」と呼びかけている。

専用ダイヤル(027-384-8009)で受け付けている。

「話すことで気が楽に」 新井セラさん(35)

共働きで現在2歳の長男を育てる新井セラさん(35)は、2~3週間に1度程度、夫の勤務の関係でワンオペ育児になる週末に2時間利用している。部屋の掃除を依頼したり、ヘルパーと一緒に作り置き用の料理をすることが多いという。

「子供と2人だけだと子供は私から離れない。大人が2人いると2人から6割程度ずつの関心でも子供は満足なので、安心して一人遊びもする。集中して何かをやりたい時は特に助かっている」という。

こんなこともあった。大変なことが続いたある日、イヤイヤ期の長男が風呂に入るのを嫌がった。「今日、頑張れる気がしない」。そう漏らすと、ヘルパーは「じゃあ私が服を脱がして、抱っこして、わっしょいわっしょいって盛り上げて連れていくから、やっちゃいましょう」。不思議とその日を乗り切れた。

もう少し利用したい気持ちはあるが「お願いし過ぎてサービスが無くなってしまう方が困る」との思いから遠慮しつつ頼っている。「それだけワンオペ育児で苦労している女性は多い。働き方改革が進んで、夫婦で当たり前に子育てできる社会になってほしい」と願っている。

就職や子育て支援 ワンストップで

子育てなんでもセンター 子育てなんでもセンター
交流・プレイルーム(左)で遊ぶ母子ら。向かいに就労相談室。奥の「子育て相談室」では保育園などの相談ができる。

色とりどりのフロアマットが目にも楽しいプレイルーム。母親が子供を遊ばせながら、保健師に離乳食の相談をしている。ゆったりとした時間。母親の口から身の上話がこぼれる。

「夫がテレワークになって、子育てに参加してもらえるようになりました。私も子育てが落ち着いたら仕事したいと考えているのですが…」

「ちょっと寄ってみたらどうですか」。保健師の視線の先は向かいの就労相談室。「ママ向けの情報、たくさんありますよ」

子育てや妊娠中の人を多面的にワンストップで支援する「子育てなんでもセンター」。ここならではのシーンだ。

センターは市街地の「オアシス高崎」2階に2017年4月にオープンした。「交流・プレイルーム」のほか保健師や保育園長らが詰めている「子育て相談室」、求人情報の閲覧から働き方の相談もできる「就労相談室」、午前7時半から午後10時まで開所している「託児ルーム」が同じフロアに配置され、「仕事の相談をしていたら保育園のことも気になった」という人の相談にもすぐに応じられる。

託児ルームは利用の理由を問わない。「たまにはリフレッシュしたい」人にも好評で2019年度は1万1千件を超える利用があった。

「『なんでもセンターに近い立地』にこだわる転入者は多いようです」と小石さち子所長。市は子育て世代の人口が増えている群馬地区(旧群馬町)に新年度、センターと同様の託児施設を開設する。

「完全待機児童ゼロ」 目指して積極策

保育需要が高まる中で、高崎市は私立保育所や認定こども園の定員増のための施設整備、保育士確保を支援するなどし、年度当初の待機児童ゼロを継続している。

昨年4月には佐野窪町と冷水町に認定こども園が新設され、新年度は貝沢町、上滝町、下里見町にこども園がオープンする予定となっている。

このほか、保育施設を探す「保活」の苦労や不安を減らそうと、入所の申し込みを年間を通して受け付け、原則2週間以内に結果を通知する方式をとっている。さらに、育児休業中でも兄姉の継続入所を認めるとともに、育休対象児も受け入れ、保護者の負担を軽減している。

今後も地域ニーズに合わせて施設を拡充するなどで、希望の保育施設に誰もが預けられる「完全待機児童ゼロ」を目指す。

新たな課題に独自施策

児童虐待に迅速対応

東京都内での5歳女児の虐待死などを受け「高崎の子供は高崎で守る」(富岡市長)との思いから2019年10月、こども救援センターを設置。警察や教員OBを含む15人態勢で虐待情報に迅速に対応したり、相談を受けている。2019年度の相談は1363件。市独自の児童相談所設置に向け検討を進めている。

3千人に訪問相談

発達に遅れや偏りのある子供と保護者、教育機関などをこども発達支援センターが総合的に支援。心理士、言語聴覚士ら専門職が子供を観察して支援策を検討し、助言している。2019年度は幼稚園や学校等に約460回訪問し、3千人の相談に対応。

高齢者

介護認定も登録も不要

要介護者とともに介護する人をどう支えるか―。高崎市は電話1本でプロのヘルパーが駆け付ける「介護SOSサービス」を実践中だ。

「夫がベッドから落ちて、一人で持ち上げられない」。在宅介護の現場からサービス拠点にSOSが毎日のように届く。「母親の介護が必要だが、今日は仕事で行けない」といった市外の身内からのSOSにも対応している。介護疲れで休養が必要だったり「泊まりで外出」にも対応できるよう、宿泊サービスも取り入れた。

1時間以内の到着を原則とし、介護認定や事前の登録がなくても使えるようにした。利用料は「訪問」が1時間250円、「宿泊」は1泊2食付きで2千円。サービス開始4年目の昨年度は「訪問」が1260件、「宿泊」は100件の利用があった。

独居のSOSにも

生活に不安を抱える一人暮らしの高齢者からの依頼も多い。ある女性は「最近、体力も気力もなくなり、一人でお風呂に入るのが不安」とSOS。その後、ヘルパーの勧めで高齢者あんしんセンターに相談し、介護保険サービスにつながった。

「介護SOS」が稼働できているのは、全市域を1社で24時間カバーできる民間の介護事業者=ケアサプライシステムズ(高崎市島野町)=の存在が大きい。同社は訪問介護ステーションわかばなどに勤務する有資格者50人以上を現場要員として確保。日中、夜間それぞれ6人が拠点や自宅で待機し、SOSを受けて現場に向かっている。

利用は専用ダイヤル(027-360-5524)で。

出向く福祉・寄り添う福祉へ

高齢者あんしんセンター 高齢者あんしんセンター
桜井ミチエさん(87)が毎日手を入れている自宅裏の桃畑で、桜井さんと談笑する高齢者あんしんセンター八幡の山田千恵さん(右)。様子をうかがうため、年に数回訪れている。

地域住民や医療機関、介護事業所、NPOなどと連携して高齢者の暮らしを地域で支援するため、国が市区町村への設置を進めている地域包括支援センター。市は2015年以降、9カ所だったセンターを「高齢者あんしんセンター」として大幅に増設し、現在は全国屈指の29センターが稼働している。

各センターでは保健師、社会福祉士、主任介護支援専門員などの専門資格を持つ職員が、高齢者や家族、民生委員からの相談に応じたり、高齢者宅に出向いて支援ニーズを掘り起こし、適切な支援につないでいる。

「一人暮らしの高齢者が増えている。介入を拒否する人もいる」とあんしんセンター八幡管理者の山田千恵さん。心を開いてもらうため何度も訪問することもある。最近は高齢者家族からの「運転が危なくなってきた。心配している」という相談が増え、免許返納の流れや免許がなくなった後の生活支援について説明する機会が多くなったという。

健康は食事から 高齢者配食サービス

健康はバランスのいい食事から―と、高崎市は2016年から希望に応じて朝昼夕の3食を届ける「高齢者配食サービス」を実施している。

昼食だけだったのを同年に拡充した。対象となるのは①要介護などの認定を受けている②低栄養の予防・改善や見守りが必要③食事の用意が困難-などが条件。昼夕を中心に年間延べ1万人以上が利用している。朝食200円、昼夕各350円。問い合わせは長寿社会課(027-321-1319)。

ごみ出しSOS 声かけ「楽しみ」

高崎市は委託業者が利用者宅を週1回訪問し、安否確認をしながらごみを無料で収集する「高齢者ごみ出しSOS」事業を昨年9月に始めた。

「誰とも話をしない日もあるので収集日は楽しみ」「家族に心配かけずにすむ」などと好評。また、障害者世帯や、妊娠期や3歳未満の乳幼児がいる世帯で家族の協力が得られない場合も対象で、現在、高齢者を中心に800世帯が利用している。問い合わせは一般廃棄物対策課(027-321-1253)。

乗り降り自由 ぐるりんタクシー

買い物困難者ゼロを目指し、高崎市が昨年6月に始めたのが「おとしよりぐるりんタクシー」。

医療機関、スーパーなど、暮らしに必要な施設を30分~40分間隔でタクシーが巡回している。設定したルート上であれば、乗り降り自由で登録や予約も不要だ。

まずは高齢化率が高い、倉渕、榛名、吉井の3地域で運行している。今年は団地や坂の多い観音山丘陵周辺に4ルートを増設し、8月にも運行を始める予定だ。

問い合わせは長寿社会課(027-321-1248)。

機械と人で見守り 「助けて」キャッチ

緊急通報装置のそばで愛犬モカとくつろぐ亀井さん。安否確認センサーは台所に取り付けた。

一人暮らしの高齢者の増加を踏まえ、高崎市は機械と人を組み合わせた24時間体制の見守りシステムを希望者宅に無料で配備している。

「緊急通報装置」は大きなボタンを押すだけで「見守りセンター」に異常を知らせることができる。「安否確認センサー」はトイレや居間などに設置し、一定時間、人の動きを感知しないと見守りセンターに異常を知らせる。

2012年に開始。現在、約4300世帯が設置し、これまでに105人の命が救われた。

並榎町に一人暮らしの亀井英雄さん(69)は、60歳を過ぎてスキー検定1級を取り、今も大回転の大会に出場する活動派だが「健康だと思っていても何があるか分からない」と最近、システムを付けた。「家族に無駄な心配をかけなくてすむ」のもメリットだ。

GPSで 不明者探索

認知症の高齢者が行方不明になったり、事故に遭ってしまう―。そんな事態を無くそうと、高崎市はGPS(衛星測位システム)を利用した「はいかい高齢者救援システム」を動かしている。

はいかいの可能性がある人の靴やつえにGPS機器を付けておく。行方不明になった際、通報を受けた「見守りセンター」はGPSで現在地を突き止め、家族や介護者に連絡したり、スタッフが直接、保護に向かう。

2015年に開始し、現在267人が利用。これまでに約千件の通報があり、全件無事保護された。問い合わせは介護保険課(027-321-1250)。

富岡賢治 高崎市長に聞く 「日本一の福祉都市に」暮らしの質 高める

―福祉政策に力を入れている。その思いとは。

富岡市長 高崎を「日本一住みたい都市」にしたい。それには福祉、経済、教育、環境など総合力を上げることに尽きるし、それを目指している。子育て支援、高齢者福祉では日本でもトップ3に入る都市になったと自負しているし、自治体からの視察も増えている。市民の反応もいい。

老後を安心して落ち着いて暮らせるようにするのは、お金がかかっても必要なことだ。言葉だけでなく、実態を伴った安心な暮らしを市民が実感できるようにしたい。

―高齢者福祉を充実させることで、介護する人の暮らしの質も高まる。

富岡市長 介護者を支える「介護SOSサービス」は、電話1本でヘルパーを派遣し、短期宿泊サービスも提供している。介護離職が社会問題となり、市役所でも離職を希望する職員が出たのがきっかけ。介護は善意だけでは続かない。肉親でも四六時中介護では家庭崩壊につながりかねない。

―昨秋から始めた高齢者世帯などのごみ出しを手伝う「高齢者ごみ出しSOS」の狙いとは。

富岡市長 自分も家のごみ出しをしているのでよく分かるが、お年寄りや障害のある人にとってはきつい作業だ。委託業者が利用者宅を週1回訪れ、無料でごみを収集する。同時に声かけをして利用者の安否を確認することもできる。

―子育てに関するさまざまなサービスを提供する「子育てなんでもセンター」はもうすぐ開設から4年。託児利用が増えているようだ。

富岡市長 センターは、理由を問わず子供を預かるようにしているので利用者が多い。早ければ今夏、こうした託児ができる2カ所目の施設を人口が増えている旧群馬町地区に立ち上げる。旧町議会の施設を有効活用できそうだ。

保健師など専門資格を持ったスタッフが高齢者らの相談に応じたり、家庭を訪問して必要な支援につなげる拠点「高齢者あんしんセンター」は市民に頼られており、今後、さらに人員を含む態勢を充実させたい。福祉政策は市民の生きがいづくりにつながる。しっかりと取り組んでいきたい。